岐阜県多治見市では令和3年8月に開設された学校給食施設を「食育センター」と名付け、学校給食に関する部署を「食育推進課」と改称されました。なぜ全国的にも珍しい名称にこだわったのか、名称に込められた想いを多治見市市長古川雅典氏(以下:古川市長)に弊社専務取締役 山本貴廣(以下:山本)がお伺いしました。
【多治見市長インタビュー】「食育センター」に込めた想いとは
日本で一番高いレベルの給食を提供する
山本:以前訪問させていただいた時に「学校給食課(学校給食を契約する部署)」という名称が一般的に多いなか「食育推進課」に名称変更されていたり、新たな施設を「学校給食センター」や「調理場」という名称ではなく「食育センター」という名称にしたのは、おそらく全国的に珍しいのではないかと感じておりました。
そこに多治見市長のどんな想いがあるのか、ぜひそのあたりをお聞かせいただけたらと思います。
古川市長:まず、すべての学校教育、幼稚園や保育園もそうですが教育の基礎基本は食べることだと思っております。もっと言えば「ご飯を食べないで小学校に行ったって成績は上がらない」ここまで言い切ることが重要だと考えています。親の願いというのは「基礎学力」があって「基礎体力」があって、それらをもとにさらに高等教育で花開いてほしいというものではないでしょうか。その願いを実現させていくのに重要なのは「食べる」ことだと思っております。
市長に就任した時から「教育環境を岐阜県でNo.1にしよう」「医療環境を岐阜県でNo.1にしよう」と言い続けてきました。
実現するためにはいろんな議論も重要だけど何が一番重要か、それは食べることだと思っております。だから私たちは日本で1番高いレベルの学校給食を提供していく。それには栄養士の努力、調理員の努力。そして素晴らしい環境が必要となる。実際、職場の環境が朽ち果てて壊れる寸前のところまでいっていたんだけど、それをどうするかという議論をしていくなかで、やっぱり「食の教育」が最も重要だから、名称を「食育センター」にして日本一高いレベルの学校給食を提供しようというのが市長としての想いです。
身近に感じてもらうための食育施設
古川市長:そして、もう一つ。ただ食べるだけじゃなく、どういう環境で作られているのかを知ってもらうためのきっかけづくりという狙いもあります。実際にどんな環境で作られているのかというのは単独校なら身近に感じることができるけれど、やっぱり距離感があるでしょう。距離感があるから子どもたちが身近に感じることができない。さらに親御さんもわからない。だからこそ、どういう環境かを身近に感じていただくために名称を「食育センター」にしました。
そして、その場に行って実際に「見る」「体験する」。そういう風にどんどん子供たちに来てもらう、さらに親子で来てもらうことでどういう環境で作られているのかを知っていただく。「食育センター」を通じて食べることがいかに重要かを知るきっかけにしていきたい。
すべての教育の基礎・基本・原点は「食育」。だから「食育センター」という名称なんです。場所は多治見市内でも可児市との境界線に近いところなので人が集まるのかという心配もあったけれど、定期的に公聴会やPTA総会、連合PTA総会を食育センターで実施しています。
器の町が作った食育センターという器
山本:デザインもすごく先進的だと思いました。
古川市長:そうそう!まず意識したのが「おしゃれ」「カッコいい」。
多治見市は陶磁器の街だから「器」って重要じゃないですか。もちろん中身も重要なんですが、例えば家族で食事に行った時にレストランの外観って重要だったりしませんか?まずカッコよくなきゃいけない。だからいかにも学校給食共同調理場ですよ、みたいな雰囲気ではなくて、どこか高級感のあるイメージを持たせたかった。
そういったことから基本設計に入る前に、とにかく「おしゃれであること」「自然の森の中に溶け込むこと」、そして「赤・黄・緑のキンダーカラーを使わないでほしい」とお願いしました。
働く環境が良くなると調理員にプライドが生まれますよね。ほかにも近所の方が建物を見て「おしゃれだなぁ」と感じてもらったり、食育センターに小学生や中学生が見学に来たときに「わぁキレイ、カッコいい」と感動していただく。親御さんにも「ステキなところで給食が作られているんだなぁ」と思ってもらいたかった。
やっぱり「カッコいい!わぁスゴイ!」って言ってもらえると、そこで働く人たちがプライドを持つ。そうすると高いレベルの調理をしようと意識するようになる。高いレベルの調理をしようとする人たちに高いレベルの献立を提供しようと栄養士も意識するようになる。これらが連鎖していくことで相乗効果を生み、いつしかそれが「普通」になる。でも他から見れば、当たり前に見える「普通」が気づけば高い水準になっている。いつの間にか「多治見市の給食って、スゴイよね!」になっている。
ある人の話では、転校すると「多治見市ってすごかったんだな」って、改めて多治見市の普通が普通ではないことに気づくみたいですよ。笑
山本:温かみがあるデザインだなと思います。食育センターに入った瞬間、すぐに野菜のタイルがあって、それが陶器だったので多治見市らしさも表現されており、すごく想いのこもった建物だなと感じています。
良い環境が、良いものを作ろうという意識に変わり、働く人の調理へのモチベーションが上がると思います。そして、それが自然と多治見市の給食のイメージというか、美味しい給食文化として続いていくのかなと。
古川市長:それがね、今回を機に急遽作ろうとしたものではなくて、30年も40年も続く長い伝統と歴史のなかで、先輩の栄養士や調理員が培ってきたものをより知っていただくために「表現するぞ!」というような気持ちがありました。私が今回、ずっとお伝えしてきた想いを「一つの建物」として具現化して、「一つのネーミング」で表現しました。「学校給食課」としてしまったら、学校の給食しかやらないのか?という風に捉えられてしまいかねない。すべての子どもの成長の基礎基本は食べること。だから食育を推進していく「食育センター」というわけです。
コロナ禍になって再認識された給食の存在
古川市長:メーキューさんは介護施設の給食もやってますよね?
山本:はい、提供させていただいています。
古川市長:給食って子供だけのことではないと思うの。健康なうちは何も感じないけど、例えば病気になったり、1週間隔離なんかになったら「あれ食べたいとかこれ食べたい」ってなると思うんです。日頃は当たり前で気づかないかもしれないけれど、食べることがいかに人間にとって重要なことかと気づかされることもあると思います。
山本:弊社では産婦人科クリニックにも提供させていただいております。そういった意味では、「ゆりかごから墓場まで」の人の人生に寄り添った事業を展開しております。特に近年は学校給食の受託が増えており、幼稚園から小中学校までの、いわゆる成長期の子どもたちの食に携わらせていただいています。
私が最近、社内で言っているのは「給食は食のインフラだ」と。コロナの第一波の時、学校が一斉休校になって、そこで初めてお父さんとかお母さんが給食ってありがたかったんだとか、給食の存在あるいは良さに気づいていただけたんじゃないかなっていう風に思っています。
古川市長:一昨年の夏休みっていうのは多治見市もすごかったんだよ。笑
政府から臨時休校の要請が出て夏休みの期間が長期休校になったでしょ?それでどうしたかっていうと、私たちは日本で一番短い夏休みにしたの。日本で一番暑い街だけど日本で一番短い夏休み。わずか9日間。学校に登校するところは「とにかくみんなで勉強しよう」「勉強するならいい給食を食べよう」って。それで夏休み期間に登校する学校の給食費用は全部、市の負担というわけ。それならと材料費を20%増額してウナギを食べさせてあげてほしいと。それで実際ウナギを出したかな。
とにかく夏休みは9日間だけ。どうしてそれだけ短くしたかというと、遅れた分の勉強を取り返したいっていう子どもたちの願いもあったし、親御さんの願いもあった。実際、毎年1週間の夏休みがいいって声もあったぐらいです。それはなぜかというと子どもたちにおまけがあったから。夏休みの宿題一切なし。自由研究もなし。夏の友もなし。そうするとね「学校に行ったほうがエアコン効いてるし、いつもの給食より美味しいものが食べられる」ってなったんですよ。いつもより快適で豪華じゃんみたいな。笑
これは調理員の人たちの頑張りがあったからできたことです。暑いなか頑張ってくれて本当に感謝しています。
結局、今コロナで「食」っていうことが見直されていると僕は思いますね。食べるってことがいかに重要か。仕事として人間の根幹に関わることを僕たちはやっていると思っています。
山本:そこは本当に我々も食べることは生きることだと思っていますし、それが日々のモチベーションに繋がると思っています。おっしゃる通り、「給食の時間が楽しみだから学校に行きたい」という子どもたちを我々作る側は、いかに増やせるか。あるいは企業の社員食堂であれば給食を食べて午後の活力を養っていただくとか。給食がそういった一人ひとりのモチベーションの源泉になること、それが我々の存在意義だと思います。
「器」が紡ぐ人と人のつながり
古川市長:だからね、今クローズアップされている企業の福利厚生とかの「バロメーター」って何で見るかっていうと「ランチタイム」じゃないかなと思うわけです。私たちも企業とのお付き合いもありますが、「社員を大事にしています」ってことよりも、そこの社食に行って、どういうものをどういう顔つきで食べているかってところで「福利厚生のレベルが全部わかる」気がします。
私たちが見るのは、やはり食べているものの内容と器なんです。ここでいう「器」っていうのは、施設がどういう考えで、どういう提供をしているのか、その施設の「器」という意味で。受け取る側はその「器」をよく見ていると思うわけです。例えばレストランとかに行ってもそうじゃないですか、どういう器でどういう料理が提供されているのか、その前にお店の門構えはどうなのか、内装はどうなっているのか、トータルのものをどういう風に提供するのか、こういった「器」の部分をどう実現・表現するかを「食育センター」では大事にしてきました。
名称を「食育センター」にすると、最初は「なんでこんな変な名前なんだろう?」の関わりだったものから、「朝ごはんを食べさせないで学校に行かせたら成績なんて上がらないよ、どんなに勉強したって成績上がらないよ」「じゃあ、どうすればいいですか」っていうような対話が生まれ、「炊きたてごはんと味噌汁だけでもいい。お味噌汁のなかに具をたくさん入れてね。パンでもいいんだけど、バターとジャムよりも野菜をはさんでコロッケ1個はさんでソースかけて食べてもいいよ」っていうような支援ができるようになっていく。「食育」っていう名称だからこそ深く関わることができる。
多治見市ではそういったことを栄養士が発信してくれている。昼は給食を提供して、夜はいろんなレシピを提供して、熱中症にならないようにする食べ物とかの情報発信をしています。伝えたいことは「そんな全部手作りじゃなくていいんだよ。ここをちょっと工夫すればこういう風になるんだよ」ということ。3食食べて1年経ったらこんなに小さかった子がこんなに大きくなるじゃない。
「寿限無」って落語に「食う寝るところに住むところ」って一節があるんだけど、人が生活するうえで大切な「衣食住」の「食」と「住」のことで、これに困らずに生きていけるようにと願った言葉だけど、いつの時代になっても最も重要なことは「食べること」だと思っています。
美味しいものと安全なものは相反する
古川市長:食べることは人間として古今東西、世界共通。食べることは「生きていくための基本」。基本であるがゆえに提供する側として、100回中99回ミスなくうまくいったってなかなか人から褒められたりしない、1回でもミスをしたらそれで終わり。これは学校給食にとって最も重要なことだと思っています。かといって、完全に熱を通しすぎたり、完全に熱を冷ましすぎたりでもダメ。美味しいものと安全なものの兼ね合いを栄養士はものすごく気を遣っていますよね。
美味しいものと安全なものは相反する。だからこそギリギリの部分で両立し続けなければならない。学校給食の使命は、美味しいものを提供するだけでなく、安全なものを提供すること。私たち多治見市もメーキューさんと同じく、「ゆりかごから墓場まで」の人間が生きるにあたって重要な食べることを提供し続けることが使命です。
山本:本日はお忙しい中、市長の熱い思いを聞かせていただきありがとうございます。我々も引き続き、安全安心で美味しい給食提供に努めてまいります。ありがとうございました。
古川市長:「MAKE for YOU」…いい感じやなぁ。笑